斉木さん
僕は成人式を終えてすぐの時期、20歳で上京した。
引っ越してすぐは仕事もなく友達もおらず貯金で生活していた。
アパレル業界で働くというぼんやりとした野望しかなかった。
しかしなかなか希望の職に就けることができず半年ほど某大手居酒屋チェーン店でアルバイトをしていた。
そこで斉木さんという今の自分を語る上では欠かせない人物と出会った。
斉木さんは歳が6個ほど上の大人の男性という第一印象だった。
ユーモアもあり頭もいい、学生のアルバイトの子からも慕われており兄貴的な存在だった。
斉木さんは以前、映画製作会社の東宝で助監督を務めていたらしい。
映画に対する熱意、知識は物凄かった。
僕と斉木さんは2人ともフリーターであるため、深夜帯などの暇な時間を2人きりで回すという状況がよくあった。
その中でも僕にとって今ではベースともなる物事の捉え方を斉木さんは教えてくれた。
「何にでも疑問を持つこと。疑問を解決すること。」
ざっくり言うとこれに尽きる。
具体的には映画などを見た時、面白いと思うことは誰しもができる。
なぜ面白いと思ったか、どういったところが面白かったか、それに対し自分はどう思ったか。
それを考えるといいよと。
そしてその出た答えを紙にでも何にでも言葉にして書き出すこと。
そうして出た答えが君の哲学なんだと教えてくれた。
なるほど、哲学という言葉だけで難しく捉えてしまっていたが意外と簡単だ、そう思った。
その日から斉木さんからオススメされた映画を観に行っては、カフェで1人感想をノートに書くという作業を繰り返した。
まだ友達も多くなく、暇な自分にとっては物凄く楽しかった。
それと並行して斉木さんとシフトが被る時は、前日にお互い共通のテーマについて答えを出しそれを発表し合うということをしていた。
記憶に残っているのは「生きるとは」、「愛とは」。
日頃何気なく使っている言葉や感覚、人に説明してと言われてもなかなか難しい。
それを突き詰めて考えてみた。
そんな日々を繰り返し、僕はひょんなことから渋谷にあるストリートブランドのセレクトショップから働かないかとお声がけ頂いた。
僕はすぐに居酒屋を辞め、そのショップで働き始めた。
そこから数ヶ月経った頃、僕はふと斉木さんのことを思い出し連絡をしてみた。
だが電話もメールも一切連絡が返ってこない。
すごく寂しい気持ちになったが仕方ない。
今でも斉木さんと話した時の映像がたまに蘇る。
その度にまた会って話がしたいと思うが同時にそれはもうできないのかと悲しい気持ちになる。
いつかまたどこかでお会いできることを願っています。