けんけん
僕には小中高と一緒の学校に通ったけんけんいう友達がいます。
彼はすごく優しくて男女ともに慕われる存在です。
高校の時は目が細いのでポケモンのタケシとよくいじられていました。
彼の人柄からか、みんなが話すことをいつもよく聞いていて誰かの好きなアーティストや映画の話なども忘れずに覚えていました。
僕が上京して数ヶ月経った頃、けんけんと僕の共通の友達のけんしろうという友達と一緒にうちに泊まりにきたことがありました。
僕の家でお酒を飲みくだらない話などをしていたらけんしろうは疲れからなのか眠ってしまい、けんけんと2人きりで話していました。
その当時の僕は上京したてで溢れんばかりの希望や夢を抱いていてそのことをけんけんに話しました。
僕はその時、心から世界を平和にしたいと思っていました。
ものすごく漠然としていて何がどうなどと具体的な内容など一切ありませんでした。
僕は頭があまりいいほうではないので話し方もすごくざっくりしていたと思います。
彼はそれに対して「それは絶対に不可能だ」と答えました。
僕はずっとけんけんは優しくて同じような気持ちを持っているかもと安易に思っていたのですごく衝撃を受けました。
なんで?と僕は聞きました。
「それを望まない人もいるから。」
5年ほど前の話なので記憶が曖昧ですが彼はそういったことを言っていました。
なるほど。
それは確かにそうだ。
すごく悲しい気持ちになると同時にけんけんは自分より先の次元で物事を考えているんだなと思いました。
今思えば全くその通りだと思いますが当時の僕からしたら考えが至らなかったです。
そこから話はヒートアップして彼の本当に思っていることなどを話してくれました。
けんけんは人の話をよく聞いている方ではあるのですが、たまに上の空で固まってしまっているときがありました。
そのことについて尋ねると「僕は人が何かを話している時に何を思ってどういうことを伝えたいのか裏を読んでしまう。」
そう答えていました。
そしてその考えが膨らんでしまい1人で別のことへ意識が向いてしまいぼーっとしてしまうのだと。
僕自身それに全く気づいていなかったので驚きました。
彼はもう一つ面白い話をしてくれました。
こちらも記憶が曖昧なのですが小学生のとき道徳の授業の内容で、数人がある議題について討論していてあなたはAさんの意見、Bさんの意見、どちらに賛成しますかといった内容だったと思います。
彼はそれに対して疑問を抱き、物事の見方は人の数だけあるはずなのに何故、数少ない選択肢から選ばないといけないのだろう、そう思ったそうです。
それにも僕はものすごく衝撃を受けた同時に自分の考えの浅はかさや物事の捉え方が恥ずかしくなりました。
5年前の当時、ちょうど日本のラッパーのSALUという方が2ndアルバムのComedyというアルバムをリリースしたタイミングでした。
SALUのアルバムについてのインタビューを読んだとき、物事は多面的である、見る視点によって意味が全く別のものになると答えていました。
点と点が繋がった気がしました。
けんけんにそれを伝えると彼は喜んでいました。
そんなような話を僕らは朝まで続け、気づいたら眠ってしまっていました。
それから数年、けんけんは地元を離れ愛知県に就職したためなかなか会う機会もなく数年以上会っていません。
またあの日のような答えのない話を二人でしたいです。
SALUのCOMEDYというアルバムも物凄くオススメなので是非聴いてみてください。
ギャル
たまにふと思う。
ギャルとは。
これだけ浸透しているのに定義がわからない。
私はギャル?という質問に対してう〜んと悩んでしまう。
そもそもギャルってなんなんだ。
そこで気になって調べてみた。
基本的には若い女性を指す言葉らしい。
そして特に若くて活発であることらしい。
んーなんだかスッキリしない。
そこで何件かのギャル持論を読んだ。
ヒットしたのがこのみちよぱという人物。
どうやら若者に絶大な人気があるらしい。
僕自身、詳しくは存じないが名前と顔は一致していた。
彼女曰くギャルとはマインドであると。
ではそのマインドとは。
ギャルは礼儀正しいらしい。
確かに僕の周りにいる僕がイメージするギャルはほとんどの人が礼儀正しい。
共感性が高い気がする。
また彼女はギャルはチャラチャラしているというイメージも否定していた。
ギャルは一途らしい。
過去に付き合っていた男性に露出の多い服装をやめてほしいと言われたそうだ。
しかしそこで合わせないのがギャル。
やりたいことをやり、したい格好をする。
そして中身で勝負する。
そもそもモテたかったらギャルやってない。
これこそがギャルのマインドらしい。
なるほど。
自分を貫き芯を通す。
それがギャル。
素晴らしいと思います。
世間からは否定的なイメージが多いというのは僕らストリートのカルチャーに属している人間と境遇は近いのかもしれない。
ラッパーにはギャル。
これはたぶんもう教科書に載っていいレベルの一般常識。
どんなラッパーのビデオを見ても出てくるのはひたすらにギャルである。
しかし僕の感覚では、ラッパーが実際に本気の交際してる人ってギャル少ないよねといったところ。
これもまた面白いものです。
僕は強めな女性が苦手というか少し怖いと思ってしまうところがありましたが改めなければならないかもしれません。
ギャルの奥の深さを知った日でした。
Boof Boys#TYO
今日は足立区を拠点に活動するBoof Boys#TYOを紹介します。
Tattsrow,TOKYOTRILL,Knot fi,u.t.k.k.,Rikwの5人から成るクルーです。
元々Lui huaというアーティストが代表を務めるN.G.C.というクルーに所属していたメンバーです。
僕が20歳のときに東京に出てきたときラップを少しやっていました。
代々木公園で毎週月曜日に行われる原宿サイファーに毎週遊びに行っていました。
フリースタイルやバトルが大好きだったため楽しくてしょうがなかったです。
そこで出会ったのがKnot fiz。
出会った時は「と」という名前一文字で活動してました。
原宿サイファーの主催者に面白い子がいて会わせたいんだよねぇと言われていてどんな人なんだろうと思っていました。
そして初めて会った夜、僕らは意気投合して2人きりで数時間フリースタイルをしていました。
そこからあっという間に仲良くなりユニットを組んで2人で音楽をしようと。
制作をしたり、遊びに行ったりいろんな思い出があります。
1年前まで2人で一緒に住んでいました。
思い出が多すぎて書ききれないくらいです。
そのマイメンが所属しているクルーとあってみんなすごく優しくしてくれます。
ライブの時は一緒にステージに上がらせてもらっています。
曲も東京っぽさもありつつ無骨でハード。
仲間を何より大切にしている素晴らしい人たちです。
ビデオを何本か紹介します。
ADACHITOWNはとにかく最高です。
ビートはTOKYOTRILL。
彼はビートメイクからプロデュースもこなします。
この曲のKnot fizの
「愚痴より野次より寿司&pussy」
は最初聞いた時ぶち上がりました。
彼の人柄が滲み出てる上に最高なパンチラインです。
Apple musicでもアルバムを配信しているので是非聴いてみてください。
あおしとうっちー②
年末の31日から1日の夜中までずっと二人と遊んでいた。
とにかくラフでいれてピースな2人とは何時間一緒にいても退屈さも窮屈さも感じない。
2018年の締めは毎年恒例となりつつクラブに行ってきました。
なんやかんやで僕らは御託を並べた挙句たどり着くのは渋谷のCLUB HARLEM。
僕自身も20から通っておりかなり色んな思い出がある場所です。
人がものすごく多かった!!!
3人とも疲れてしまい2時間ほどで出てブラブラしていた。
早めに帰宅し一眠りしてから明治神宮へ初詣に。
ここも人がめちゃめちゃ多かった!!!!
待ちの列を眺めた僕らはすぐさま帰路につきました。
こんなにも強いのかと。
メイウェザー強くね?っていうのが感想です。
あんな笑顔で迫って来られたら…。
画面越しでしたが僕もとても恐怖しました。
とても色んなことがあったのですがはしゃぎすぎてあまり覚えていないそんな年越しでした。
最後はハッピーな2人で締めたいと思います。
抽象度
あけましておめでとうございます。
毎日一件、ブログを書くと決めたのですが全く実行できておりません。
誰に対してでもなく自分に対して頑張りますと言っときます。
そして本題ですが昨日面白い記事を見つけて読んでました。
そのことをざっとまとめてみよかと。
僕はお笑いが大好きでよく見るのですが自分の好きな笑いのジャンル?というか種類というか
いまいち言語化できずにいたのですがそれのアンサー的な概念を見つけました。
抽象度という概念です。
簡単に説明してしまうとポチという犬を飼っているとします。
ポチ=犬
犬=哺乳類
哺乳類=卵は産まない
このように対象の物の解釈を広くするというか抽象的にしていく考え方です。
この発想、言われてみるとなんだそんなことかって感じですが理解して行っている人は少ないのかなあと自分では感じます。
抽象度は高い、低いと言い表します。
例えばピアノを持っているとします。
そのピアノをピアノとしか捉えずにいると弾くか弾かないかの選択しかできません。
そこからピアノを家具などに抽象していくと物を置いたり机として活用したりと幅が広がります。
もう一つ抽象度を山に例えます。
抽象度が高い人は山の頂上にいる。
そうすれば高いところから色んな情報を発見でき吸収できる。
低い位置にいる人は目の前、せいぜい少し遠くの情報が見える程度です。
これによってどういうことが起こるかというと
抽象度の高い人ほど一つの事柄に対して多くの情報の幅があります。
しかし低い人では限られた情報しかありません。
そこで生まれる選択肢の数や種類は全然違います。
こうすることによって物事の本質が見えてきます。
的確な指示や説明ができ、理論的な人ほど抽象度が高いそうです。
何故という疑問を持つ。
やはりこの思考がなんに置いてもものすごく重要になってくるんですね。
すごく腑に落ちましたね。
なるほど!って久々に思いました。
これはお笑いにもかなり通ずるなあと思いまして。
前の記事でも紹介したあおしとうっちー。
彼らとは非常に笑いのポイントが近いです。
普通の会話でも面白い。
ただどういう内容かと言われると説明しにくい。
抽象的だっんだと。
たしかに僕らは誰かのことを人だなあとか地球だなあとか機械だなあみたいなざっくりした話をよくします。
好きなお笑い芸人の方々もそれが非常にうまいなあと。
個人的に好きなネタです。
他にもたくさんありますがパッと思いつくのがこの辺でした。
抽象度を意識して見るとなるほどなあとなります。
自分は抽象度が高い人が好きなんだなあと。
この2組はなかなか尖っていて発想が奇抜ですが何となくわかりますよね。
この概念についてもう少し詳しく調べていきたいと思います。
新年一発目でした。
スヌープ ドッグ/ロード トゥー ライオン
先日、暇を持て余した僕はNetflixでこのドキュメンタリー映画を見つけ鑑賞しました。
以前より僕はスヌープ ドッグが大好きでして。
しかしモロの世代なわけでも当然なく、本当に好きな方からしたらこの曲も知らないのと言われてしまう程度です。
彼のライフスタイル、考え方はとても共感できる部分が多いです。
この映画はかつてギャングスタラップで世界中に名を馳せたスヌープ ドッグが年齢と共に思考が成熟し、愛や平和について歌いたいとの思いからレゲエの聖地ジャマイカを訪れる物語です。
彼はもう人を殺したりビッチの歌を歌いたくない、今やリアルでもなんでもないと言っていました。
映画全体は終始のんびりとしたテンポで進み、各所で色んな人と出会い交流をしていきます。
その度にウィードを回す姿はとても印象的でした。
彼らにとっては挨拶と変わらないのかもしれません。
ジャマイカのリアルについても触れられ、考えさせられる場面も多かったです。
そして何よりジャマイカという国が映像としてもとても綺麗。
最も印象に残ったシーンはスヌープが現地の若者などを交えて会話をしていたときに1人の青年がフリースタイルで歌い出します。
それを聞いたスヌープが「その曲はレコーディングはしたのか?」、「今回のアルバムは愛と平和と苦悩を歌いたい。君にはその苦悩の部分を歌ってほしい。」と。
その足でそのままスタジオへ向かいそのままレコーディング。
あっという間に曲になりました。
やはりバイブスが高いというか日常が音楽というか。
感じたままを言葉にして音に乗せる。
とても素敵だなあと思いました。
感動しました。
話はそれますが僕は基本的にラブ&ピースの精神です。
みんなが幸せになれたらいいと思っています。
しかしそこには必ず苦悩がつきまといます。
僕はそういった面にフォーカスした物が好きです。
音楽、映画、漫画なんでもです。
シンプルでストレートな物も好きですがやはり普段からよく手に取ってしまうのはそういった類のものです。
映画の批評?感想?というのを公にするのは今回が初めてですがとても難しいですね。
斉木さん
僕は成人式を終えてすぐの時期、20歳で上京した。
引っ越してすぐは仕事もなく友達もおらず貯金で生活していた。
アパレル業界で働くというぼんやりとした野望しかなかった。
しかしなかなか希望の職に就けることができず半年ほど某大手居酒屋チェーン店でアルバイトをしていた。
そこで斉木さんという今の自分を語る上では欠かせない人物と出会った。
斉木さんは歳が6個ほど上の大人の男性という第一印象だった。
ユーモアもあり頭もいい、学生のアルバイトの子からも慕われており兄貴的な存在だった。
斉木さんは以前、映画製作会社の東宝で助監督を務めていたらしい。
映画に対する熱意、知識は物凄かった。
僕と斉木さんは2人ともフリーターであるため、深夜帯などの暇な時間を2人きりで回すという状況がよくあった。
その中でも僕にとって今ではベースともなる物事の捉え方を斉木さんは教えてくれた。
「何にでも疑問を持つこと。疑問を解決すること。」
ざっくり言うとこれに尽きる。
具体的には映画などを見た時、面白いと思うことは誰しもができる。
なぜ面白いと思ったか、どういったところが面白かったか、それに対し自分はどう思ったか。
それを考えるといいよと。
そしてその出た答えを紙にでも何にでも言葉にして書き出すこと。
そうして出た答えが君の哲学なんだと教えてくれた。
なるほど、哲学という言葉だけで難しく捉えてしまっていたが意外と簡単だ、そう思った。
その日から斉木さんからオススメされた映画を観に行っては、カフェで1人感想をノートに書くという作業を繰り返した。
まだ友達も多くなく、暇な自分にとっては物凄く楽しかった。
それと並行して斉木さんとシフトが被る時は、前日にお互い共通のテーマについて答えを出しそれを発表し合うということをしていた。
記憶に残っているのは「生きるとは」、「愛とは」。
日頃何気なく使っている言葉や感覚、人に説明してと言われてもなかなか難しい。
それを突き詰めて考えてみた。
そんな日々を繰り返し、僕はひょんなことから渋谷にあるストリートブランドのセレクトショップから働かないかとお声がけ頂いた。
僕はすぐに居酒屋を辞め、そのショップで働き始めた。
そこから数ヶ月経った頃、僕はふと斉木さんのことを思い出し連絡をしてみた。
だが電話もメールも一切連絡が返ってこない。
すごく寂しい気持ちになったが仕方ない。
今でも斉木さんと話した時の映像がたまに蘇る。
その度にまた会って話がしたいと思うが同時にそれはもうできないのかと悲しい気持ちになる。
いつかまたどこかでお会いできることを願っています。